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東京高等裁判所 昭和32年(う)2113号 判決

控訴人 弁護人 田中和 外二名

被告人 李甲辰 外二名

検察官 大津広吉

主文

原判決中被告人尹乙炳に関する原判示第四事実に関する部分(ドラム罐二本及びアルコール一斗三升没収及び証人坂本幸一郎に支給した訴訟費用の負担を命ずる部分を含む)を破棄する。

右被告人を原判示第四の事実につき罰金千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金二百円を一日に換算した期間右被告人を労役場に留置する。

ドラム罐二本及びアルコール一石三斗(昭和三〇年東地庁外領第六七〇五号の一、二)は右被告人から没収する。

原審証人坂本幸一郎に支給した分は右被告人の負担とする。

被告人李甲辰、同角田銀造の本件各控訴及び被告人尹乙炳の其の余の控訴は何れもこれを棄却する。

当審訴訟費用は全部被告人李甲辰及び被告人尹乙炳の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人李甲辰の弁護人田中和、被告人尹乙炳の弁護人河内守、被告人角田銀造の弁護人岩田満夫各作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これらをここに引用し、これらに対し、次のとおり判断する。

田中弁護人の論旨第一

先ずその一について、国税犯則取締法第一三条第一項によると国税局又は税務暑の収税官吏が間接国税に関する犯則事件の調査を終つたときは、これを所轄国税局長又は税務署長に報告すべきものであるが、但し例外として、左の場合には直ちに告発すべしとして、一、犯則嫌疑者の居所分明ならざるとき、二、犯則嫌疑者逃走の虞あるとき、三、証憑湮滅の虞あるときと定められているのに拘らず、本件告発書の記載によれば、本件告発は国税犯則取締法第一三条第一項による旨表示されているだけで、右第何号の事由によるものであるかが明示されていないことは所論のとおりである。

而して間接国税犯則事件において当該官吏の告発は公訴提起の有効条件であり、勾留状には刑事訴訟規則第七〇条によつて刑訴法第六〇条第一項各号に定める事由を記載しなければならないことは所論のとおりであるが、間接国税犯則事件における告発は刑事訴訟法に基ずく告発手続ではなく、国税犯則取締法によつて為される特別の告発手続であるところ、同法には書面による告発の要式につき特別の規定は存しないのみならず、刑事訴訟法においても格別告発の要式について規定するところはないのであるから、要するに右告発は犯罪事実を申告し、その捜査および訴追を求める意思が表示されていれば足りるのであつて、国税犯則取締法第一三条第一項第何号の事由によるものであるかということは必ずしも明示することは要しないものと解せられるのである。

而して本件告発者は被告人李甲辰のアルコール専売法、酒税法違反の事実を申告し、その捜査及び訴追を求める意思が表示されているのであるから、何等違法のものとは認められない。

その二について

本件起訴状及び告発書(追告発書を含む)の記載によれば、昭和三〇年一一月一六日附起訴状中第一の(一)は「被告人李は昭和三〇年六月頃九二度位のアルコール二石六斗余を製造した」旨であるのに、これに対応する昭和三〇年六月二八日附告発書には「被告人李は昭和三〇年六月七日頃九二度のアルコール一石九斗を製造した」旨であり、又昭和三一年二月一〇日附起訴状第二の(一)は「被告人李は尹乙炳と共謀して、昭和三〇年二月中旬(論旨には昭和三〇年五月中旬とあるけれども、第二の(一)は上記のとおりで、五月は誤記と認める。)雑酒八斗二升を製造した」旨であるのに、これに対応する昭和三〇年一二月二七日附追告発書には「被告人李は尹乙炳と共謀して昭和三〇年二月中旬から同年五月二四日頃迄の間に九回に亘り、雑酒四石三斗二升四合、焼酎一一石三斗一升六合を製造した」旨であつて、雑酒一回の製造割合は約四斗六升であることは所論のとおりである。

而して、間接国税犯則事件において、当該収税官吏の告発は訴訟条件であることは前述のとおりであるが、犯罪事実の同一性とは刑法犯、行政犯の別なく、その犯人の犯した犯罪の基本となる事実の同一か否かによつて決せられるものと解するのを相当とし、その日時、場所、手段、方法、数量等が、総て正確に一致しなければ犯罪事実の同一性がないものとは謂えないのである。

本件についてこれを見れば、前者は被告人李が特許、許可又は政府の委託を受けず、昭和三〇年六月頃九二度のアルコールを製造したということ、後者は被告人李が免許なく、昭和三〇年二月中旬雑酒を製造したということが夫々基本となる事実であるから、これが符合していれば、その製造した数量に夫々所論の如き多少があつても犯罪事実の同一性は存するものと認められるのである。従つて、右本件公訴事実と告発の事実とは同一性の存するものと認めるべきものである。

なお仮に事実の同一性はあつても、告発の数量を超過して公訴を提起することが、適法なりや否につき按ずるに、一個の犯罪事実の一部に対する告発もその全部について効力を生ずるものと解すべきものであつて(昭和二八年(あ)第二二一九号事件、昭和三〇年一一月一日最高裁判所第三小法廷決定参照)、告訴、公訴の提起につき、事実不可分の原則が認められる如く、告発についても事実の同一性の存する限り事実不可分の原則を認めるのを相当とするから、起訴状記載の数量が、告発書記載の数量より所論の如く多量であつても、告発はその全部に及んでいるものと認められる。

以上のとおりで、本件告発は無効のものとは認められず、この告発に基ずいて為された本件公訴の提起は元より適法のものである。従つて、原判決には所論の如く不法な公訴を受理したという違法の存するものとは認められず、論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 山本謹吾 判事 渡辺好人 判事 石井文治)

弁護人田中和の控訴趣意

第一、原判決は不法に公訴を受理したものである。

一、本件各公訴は、税務官吏の告発を訴訟条件とするものである。(名古屋高裁昭24、10、24特報5号、東京高裁昭和24、12、12、特報10号)ところが本件起訴の要件たる税務官吏告発は、告発として無効である。即ち、各告発書によれば「国税犯則取締法第十三条第一項により告発する」と表示されてはいるが、同法第十三条第一項所定の第何号に該当する告発であるかの適示がない。同法第十三条第一項によれば第一号は「居所分明ならざるとき」、同二号は「逃走の虞あるとき」、同第三号は「証憑湮滅の虞あるとき」とそれぞれ各別に規定されている。ところで勾留の要件である刑事訴訟法第六十条第一項をみると、同第一項一号「定まつた住居を有しないとき」、同二号「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」、同三号は「逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき」と夫々規定されており、条文の構成も前記国税犯則取締法第十三条とほぼ同一である。而して、自然犯行政犯を通じ適用される刑事訴訟法においては勾留状は単に同法第六十条第一項として概括的に発布されるのではなく同第一号の第何号に該当するかを明示して発布されるのである。刑事訴訟法が手続法として一般法であるならば国税犯則取締法は特別規定である。而も前者は自然犯に対して迄も適用されるに反し後者は課税若くは専売法を保護法益とする行政犯のみに適用されるのである。してみると、刑事訴訟法第六十条が厳格に同法第一項何号に該当するやを明示するならば国税犯則取締法第十三条の適用に当つてその第何号の適用であるかを明示しないで良いと云う理由はない。ましてや、行政裁量の余地が多分にある国税犯則事件については人権の保障の点より、より厳格なる適用が行われねばならない。果して然らば、本件各違反事実において税務官吏は国税犯則取締法第十三条の第何号に該当するかを明示しなければならない。この点本件証拠の各告発書に明示がないので告発自体無効である。依て、無効の告発を訴訟条件とした原判決は不法に公訴を受理したものであつて刑事訴訟法第三七八条第二号前段により破棄を免れない。

二、昭和三十一年十一月十六日附起訴状中訴因第一(一)、並に同三十一年二月十日附起訴状中訴因第二(一)については、各告発事実と公訴事実の同一性がないから右二点は訴訟条件を欠くものである。右訴因第一(一)は、「被告人は昭和三十年六月頃……九十二度位のアルコール二石六斗余を製造したものである」というのであるが、昭和三十年六月二十八日附告発書によれば「昭和三十年六月七日頃……九十二度のアルコール一石九斗を製造した」ことになつておる。又、右訴因第二(一)は、「昭和三十年五月中旬……雑酒八斗二升を製造したものである」というのであるが、対応する告発書では「五〇度位の雑酒四六〇合を製造した」ということになつている。然らば、右の如き数量の相異は本件公訴においては同一性がないものである。成程財産犯においては日時場所数量の若干の相異は同一性に影響がないとすること判例であるが、本件は「盗取」とか「強取」それ自体の違法を罰する財産犯ではなく税法違反若くは専売法違反であり事案の軽重即ち量的軽重によつては刑事処分をなさず行政処分のみに委せられる案件である。従つて本件の如き量の相違は財産犯と同一に論ずることができず、量刑のみならず処分についても重大なる事実の相違である。従つて仮に大は小を兼ねうるとしても小は大を兼ねることはできない。依て告発事実と公訴事実の同一性を欠くものであるから適法なる告発がないことに帰する。従つて不法に公訴を受理したものである。

以上何れの点からも原判決は破棄さるべきものである。(原審はこの点判断をなさなかつたものである。)

(その他の控訴理由は省略する。)

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